蒸留家のための発酵理論
温度、pH、発酵の方向性
発酵温度を上げるとエステルが増え、pHを下げると後留(テール)側の重厚な風味が強まります。
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温度、pH、発酵の方向性
温度上昇によって反応が速まり(+10°Cごとに約2倍)、同じ原理でもウォッカとウイスキーでは戦略が逆になることを学びます。
要点
- 発酵温度を上げると化学反応が速まる理由
- 目安:温度が+10°C上がると反応速度は約2倍
- 温度を上げると、前留(ヘッズ)に関連するフルーティーな風味が増える傾向がある理由
- pHを下げることで、後留(テール)に関連する重厚な風味の可能性を高める理由
- 同じ調整要素を逆に使う「ウォッカ対ウイスキー」の基本戦略
基本原則
次は時間と温度、あるいは温度と時間です。まず温度から見ていきましょう。一般に、化学反応は温度が高いほど速く進みます。
一般的な目安として、温度が10°C上がるごとに化学反応の速度はおおむね2倍になります。この式の温度を示すTに当てはめると、より多くの風味を生み出すには、発酵温度を高くする必要があるということです。
風味を抑えたい場合は、発酵温度を下げます。例えば、室温に相当する20°Cは、発酵温度として妥当な水準です。
ただし、発酵規模が大きいと発酵熱で急速に温度が上がるため注意が必要です。温度を確認し、必要に応じて冷却して20°Cを維持してください。使用する酵母株にもよりますが、温度面では比較的ニュートラルな風味特性になります。pHも6〜7付近に保てば、同様にニュートラルな方向に調整できます。
例えば、同じ穀物原料と同じ酵母株を使い、その他の条件を変えずに、発酵温度だけを20°Cより高くしてみます。30°Cで発酵させると、真夏の現在と同じくらいの、かなり高い温度条件になります。
すると、生成されるエステルが増えます。温度が10°C上がれば、エステル量はおおむね2倍になります。より風味を強くしたい場合は、pHを下げ、温度を上げます。
これで、あと一歩です。最後のT、時間を見ていきましょう。
発酵時間を長くするほど、生成されるエステルは増えます。これは化学に基づくシンプルな原理です。
ある反応が起きているなら、時間をかけるほど、その反応はさらに進みます。アルコールと有機物が相互に作用して香味成分を形成する反応であれば、発酵時間を長くするほど、より多くのエステルと香味成分が生成されます。
したがってウォッカでは、発酵時間を短くし、pHを中性に近づけ、温度を上げすぎないようにします。一方、ウイスキーではその逆を目指します。
力強い風味を生み出すことが目的です。これを例に見ていきましょう。
ここからはウイスキー造りを詳しく見ていきます。同じ考え方はブランデーやラムにも当てはまります。ウォッカも基本は同じですが、方向性は逆です。
目指すのは、力強く風味豊かなウイスキーです。
実践ではどう機能するのか
ウイスキーを造るには、アルコールと有機物の両方が必要です。ウイスキー生産に向けて工程や蒸留所の設備構成を計画する際、最初に検討すべき点の一つが糖化と発酵です。マッシャー(糖化槽)、発酵タンク、そして1基または2基の蒸留機があるとして、糖化と発酵をどのように行うかを決める必要があります。
穀物を残したまま発酵させるのか、それともロイタリング工程やロイタータンで穀物を取り除き、清澄な発酵もろみを発酵・蒸留するのか。つまり、穀物を残すか、除去するかという選択です。ここまでの原理を踏まえれば、判断は非常に明快です。
力強いスタイルのウイスキーを目指すなら、有機物をできるだけ多く残します。発酵前に穀物をろ過すると、より清澄な発酵もろみとなり、含まれる有機物も少なくなります。
では、エステル化にはどのような影響があるでしょうか。中程度の香味プロファイルを持つウイスキーを目指すなら、有機物を取り除く方法もあります。一方、以前説明した香味グリッドでレベル2ではなくレベル3に相当する、非常に力強く濃厚な風味のウイスキーを目指すなら、発酵中も蒸留中も有機物を残します。
有機物を長く残すほど、エステル化は進みます。これで理屈がお分かりいただけたと思います。すでに触れた内容でもあります。
酸性度を高めるほど、生成される香味は増えます。ただし、「香味が多い」ことと「香味が優れている」ことは別です。実際に働いているのは酵母だという点を忘れてはいけません。
酵母は炭水化物や糖、発酵性糖をアルコールへ変換し、香味の形成にも大きく寄与します。酵母は生きた微生物です。非常に酸性度の高い環境や、極端に高温の環境に置けば、強いストレスを受けます。
酵母へのストレスが強いほど、特定の香味成分が多く生成されます。詳しくは別の動画で解説します。ここで理解していただきたいのは、pHを下げすぎると酵母に過度なストレスがかかり、多くの香味成分が生じる一方で、非常に強いオフフレーバーも発生し得るということです。酵母が死滅し始め、健全に働けなくなるためです。
酸性度が高すぎると、酵母は生存するだけで精いっぱいになり、発酵が完全に止まる、あるいは停滞することがあります。そうなると、スピリッツの原料となる発酵もろみやビール、ワインを造れなくなります。エステル生成の観点ではpHが低いほど有利ですが、下回るべきではない限界値があります。
ウイスキーでは通常、pH 4~4.8を推奨しています。特に穀物を残した状態でpH 4を下回ると、酵母細胞に非常に大きな負荷がかかり、過度なストレスを与えることになります。
よくある間違いと判断のポイント
一方、pHが4.8を超える発酵環境では、細菌が生育できることを理解しておく必要があります。乳酸菌を除き、大半の細菌はpH 4.8未満では生育が難しくなります。つまり、pHを4~4.8に保てば、多くの細菌を抑えながら、ウイスキーに求められる香味を可能な限り引き出せます。
ラムでは穀物を使用せず、原料となる糖蜜に天然の安定化成分が含まれているため、pHは4ではなく3まで下げることもできます。ただし、pH 3は酵母が生存できる限界に近いため、そこまで下げるべきかは慎重に判断する必要があります。ウイスキーのようにpH 4を維持する代わりに、3.5まで下げる程度なら問題ありません。発酵時のpHをさらに低くしたい場合は、1日2回程度測定してください。同じ手順、酵母、原料を使えば、毎回同様の結果を再現できます。
ラムなら、もう少し低くしてもよいでしょう。今はウイスキーの話ですよね。混乱させていたらすみません。
温度が高いほど、生成されるエステルは増えます。興味深いことに、多くのウイスキー造りでは伝統的にビール醸造の手法が踏襲されています。これは、ウイスキー用発酵もろみの発酵方法に関する情報が十分になかったためです。
かつてのクラフト蒸留家はビール醸造家に、ビールの造り方を尋ねていました。醸造家は、「ビールを飲むときに穀物を一緒に口にして喉に詰まらせることがないよう、有機物を取り除いて醸造する」と答えたでしょう。大量の穀物が混じったビールは、決して飲みやすいものではありません。
ビールに穀物の粒子が1つ、2つ入っているだけでも好ましくありません。また、ビール醸造家なら、pHはほぼ中性に保ち、長時間発酵させると説明するでしょう。
ビールの香味の多くはホップに由来するため、こうした工程では発酵による香味をそれほど多く生み出しません。クラフト蒸留家がビール醸造家の手法をそのまま採用すると、非常に単調な製品になりかねません。有機物が残っていないため香味が乏しく、pHもビール醸造の慣例に従って十分に低くしないからです。
この基礎を踏まえ、制御要素を引き継ぎ、温度の影響に焦点を当てるへ進みましょう。
目指すスピリッツ別の実践方法
発酵温度とpHは、目指す製品に応じて設定します。ニュートラルな酒質では制御性とストレスの低減を優先し、風味豊かな酒質では再現性を確保したうえで、意図的にストレスを与える時間帯を設けることもあります。
要点
- 発酵温度を上げると化学反応が速まる理由
- 目安:温度が+10°C上がると反応速度は約2倍
- 温度を上げると、前留(ヘッズ)に関連するフルーティーな風味が増える傾向がある理由
- pHを下げることで、後留(テール)に関連する重厚な風味の可能性を高める理由
- 同じ調整要素を逆に使う「ウォッカ対ウイスキー」の基本戦略
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